2006年08月31日

ライオンとウサギ

 「二兎を追うもの一兎をも得ず」という諺があります。この諺の由来までは知りませんけれど。
同時に二つの益を求めると、結果、一つさえも得られないということのようです。この場合、二つの益は、同等か、あるいは、益の大小は考えられていないかです。
 さて、イソップ寓話にも、似た話があります。アウクスブルグ校訂本からのもので、「ライオンと兎」です。
 ライオンが、道で寝ているウサギを見つけて食べようとしたとき、鹿が通るのを見て、それを追いかけたところ、結局、鹿は捕まえられず、物音で目覚めたウサギにも逃げられた、という話です。
 この話では、目前の小さな利益と、遠くの大きな利益というように、利益に大小があります。

 さて、この話からは、次の表現をメモします。
Καλα να παθω. Με την ελπιδα να βρω περισσοτερο φαι, εχασα κι εκεινο που ειχα μεσα στα χερια μου.
(いい様だな、もっといい食べ物を見つけられると言う期待のために、自分の掌中にあるのを失ってしまった)

「Καλα να παθει(三人称)」は、慣用的な言い回しです。
「いい気味だ」「当然の報いだ」という意味。この話では、自分に言っているので、一人称になっています。
serves you right !(二人称) は、「Καλα να παθειs」。


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2006年08月28日

海に浮かぶ貝

 海に浮かぶ貝と言えば、女神アフロディーテーが思い浮かびます。
『ホメーロスの諸神讃歌』を開いてみました。

吹き渡る西風(ゼフェロス)の湿り気帯びた力が、
やわらかな水泡に女神(みなわ)をそっと包んで、
高鳴り轟く海の波間をわたって、この地へ運び来た。
(沓掛義彦)
アフロディーテー讃歌 (讃歌第六番)から


と、描かれています。貝には載っていないようです。
 この讃歌は、紀元前6世紀以降に書かれたようです。
解説によると、紀元前4世紀になって、貝殻に載った姿で絵画に描かれるようになったとのことです。
 文章として、貝殻から生まれて貝殻に載って流れ着いたと、述べたのは、文法家のフェストゥスで、二世紀になってのこと、だと。


作文してみました。
περα απο τα κυματα που βροντουσαν, την εφερε


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2006年08月27日

遭難者と海

 イソップ寓話には、海で遭難した者の話がいくつかあります。岩波文庫、中務『イソップ寓話集』にも、アウクスブルグ校訂本からのものだけでもいくつかあります。
 「遭難者とアテナ女神」は、船旅に出たアテナイ人が遭難し海に流されるのですが、アテナ女神に祈るばかりなのを、他の乗客が、「神に祈るのもよいが、自分の手も動かせ」と諌めるものです。また、「船旅をする人びと」では、嵐に危うく遭難しそうになるも、遭難は免れて凪となると、乗客は祝宴を上げるけれど、舵取りは、「また嵐になるかもしれないというつもりで祝うように」と諌める話です。
 そして、118Μυθοι にもある「遭難者と海」があります。これは、遭難した船に乗っていた商人が、一人だけ助かり岸に流されますが、翌朝、目が覚めて、穏やかで真っ青の海に、「穏やかな様子で誘っておいて、荒れ狂って人を滅ぼす」と非難します。それを聞いた海が、その非難は風に言うべきもの、私の本性は穏やかなもの、風が波を立てて荒れ狂わすのだ」と答える話です。

 さて、この話から次の文章をメモします。
Το καραβι πανω στα κυματα εμοιαζε με καρυδοτσουφλο.
ここは、嵐に翻弄される船の描写です。
「波の上の船は、トリガイに似ている。」が、そのまま訳した日本語です。日本語の描写なら、「木の葉のようにきりもみされて。」というところでしょうか。
 「καρυδοτσουφλο」を辞書で引いても、「cockle-shell」とあるだけで、例文などもないので、よく分かりません。「小舟」という意味もありますから、「船は、波の上では、小舟と同じだ。」という感じなのかも知れません。

 cockle の写真をwebページで探しました。
Shells We Found

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2006年08月26日

Ευρηκα,ευρηκα

Ευρηκα,ευρηκα」 「発見したぞ、発見したぞ」
 ウィトゥルウィクスが『建築書』(第九巻序の10)で、紹介している有名なアルキメデスの言葉です。
「ヘウレーカ、ヘウレーカ」です。伝わる間に、発音が変わって、日本では、「ユリーカ」と知られています。
 この語は、「見つける」という動詞です。柳沼『ギリシャ・ローマ名言集』では、現在完了・一人称・単数と説明されています。現代語の現在完了とは、全く違った語形です。中動相のアオリストの語形に似ていますが。古典と現代では、動詞の変化は全く違うようです。
 「ευρισκω」が原型です。この語をin.gr のweb辞書で検索すると、ちゃんと、「find」と出てきます。カザレヴサで残っているようです。けれども、『ΤΑ ΡΗΜΑΤΑ ΤΗΣ ΝΕΑΣ ΕΛΛΗΝΙΚΗΣ』には、採録されていません。語形変化は、古典語のままということでしょうか。
 OXFORD Learner's では、→βρισκω です。
 川原辞書では、カサレヴサとあって、同様に、→βρισκω とありますが、語形変化の注記があります。アオリストが、ευρηκα と。
 βρισκω も特殊な変化をする語で、パラタティコスが、εβαρισκα 。アオリストが、βρηκα です。(一人称・単数) これと似ているようです。この変化は、古典語の名残だったのでしょうか。でも、βρηκα はアオリストで、現在完了ではありません。現在完了は、εχω βρει です。
 ευρισκω も、現代語として使うのでしたら、現在完了は、εχω ευρει になるのか知ら。





『ギリシャ・ローマ名言集』柳沼重剛


『現代ギリシャ語辞典』川原拓雄

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2006年08月24日

善なるのも、一なるもの

プロティノスのエンネアデス6-9「善なるもの、一なるもの」の冒頭の文を、現代語に出来るかなと思ったのですが。
「Παντα τα οντα τω ενι εστιν οντα , οσα τε πρωτωs εστιν οντα, και οσα οπωσουν λεγετει εν τοιs ουσιν ειναι.」
アームストロングの英訳は、
「It is by the one that all beings are beings, both those which are primarily beings and those which are in any sense said to be among beings.」
単語は、現代語に移せそうなのですが、文の構成をどうすればいいのか。



リフェラ元に、「プロティヌス、ギリシャ語表記」の検索(日本語)がありましたので、
記しておきます。
ΠΛΩΤΙΝΟΣ、(Πλωτινοs ι にアクセント、語尾シグマは英文字s使用)

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2006年08月23日

『石の葬式』

『石の葬式』パノス・カルネジス  岩本正恵 訳
白水社2006年7月刊

岩本正恵さんの訳というのは、英訳からの重訳か知ら。それとも、氏はギリシャ語もお出来になるので、直接の訳出か知ら。
こちらのブログでは、もともと英語で書かれてあるように紹介されています。

Pulp Literature

Britsh Council にある、説明では、ギリシャ出身で、イギリスで学んだ人のようです。今もイギリス在住。
Panos Karnezis



『石の葬式』のギリシャ語版は見つかりませんでしたけれど、
『Μικρεs ατιμιεs』という本がありました。『ちょっとした恥ずかしいことども』?
on Bibliagora

『Ο λαβυρινθοs』(The Maze)もbibliogora にはありました。

パノス・カルネジス のギリシャ語表記は、 Πανοs Καρνεζηs
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2006年08月20日

Αποπνικτικο τριημερο με 42 Κελσιου

 今年は、欧州は全般に暑いようです。
19日付のカセメリニにも、暑さのニュースがありました。これから三日間は、非常な暑さになる、というものです。

 見出し文は、「Αποπνικτικο τριημερο με 42 Κελσιου」。
(摂氏42度で、息苦しい三日間)
Κελσιου が、摂氏という単位、属格です。川原辞書によると、属格のみのようです。
αποπνικτικοs は、息苦しいという形容詞。
τριημερο は、τρι-ημερο で、三日間。

記事は、
Δυσκολο και αποπνικτικο θα ειναι το επομενο τριημερο για οσουs δεν θα βρισκονται στιs παραλιεs η προφυλαγμενοι κατω απο τα πλατανια των χωριων.」とあります。
「これからの三日間は、辛い息苦しいものになるでしょう。そのため、多くの海岸には、人がいなくなるでしょう、また、郊外のプラタナスの下は、避難所になるでしょう。」
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2006年08月17日

Αλλαζει ο αριθμοs των πλανητων του ηλιακου μαs συστηματοs

 今日も(16日)、宇宙に関連したニュースがありました。太陽系の惑星を数え直す、というものです。従来の9個が、12個に増えるのだそうです。
 記事の見出しは、
「Αλλαζει ο αριθμοs των πλανητων του ηλιακου μαs συστηματοs 」
(私達の太陽系の惑星の数が変わる)
です。
「ο αριθμοs」が、数。
「太陽系」は、「το ηλιακο συστημα」。この記事中では、私達のという所有代名詞が中に入っています。

 記事中に、惑星が列挙されているのでメモします。
Ερμηs, Αφροδιτη, Γη, Αρηs, Διαs, Κρονοs, Ουρανοs και Ποσειδωναs
(エルミス、アフロディティ、ギィ、アリス、ディアス、クロノス、ウラノス、
ポシドナス)
水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星
Πλουτωναs (プルトナス) 冥王星
新しく、 Χαροs (ハロス)
もう1つは、記事中では、記号と数字でした(UB313)。
posted by kyotakaba at 09:13| Comment(0) | 新聞記事を読んでみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

ενα μικρο βημα για τον ανθρωπο, ενα γιγαντιο αλμα για την ανθρωποτητα

 アポロ11号の記憶テープの原本がなくなった、というニュースは、web版カセメリニにも出ていました。
 その記事中に、有名なアームストロング船長の言葉、「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」もありました。
 それをメモしておこうと思います。

《ενα μικρο βημα για τον ανθρωπο, ενα γιγαντιο αλμα για την ανθρωποτητα》

(アクセント記号は外しました)

「βημα」は、「歩」、「αλμα」は「飛躍」。
「ανθρωπο (対格なので、語尾sは落ち)」が人間で、
「ανθρωποτητα (女性名詞なので対格もそのまま)」は、人類。

「γιγαντιο」は形容詞、「αλμα」が中性なので、中性形です。
ギガンディオ は、何となく分かるような気がしますね。「巨大な」です。


 ギリシャ語からだと、「この人間の一歩は、巨人の一歩なのだ」という感じもします。
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2006年08月09日

水を探す蛙

 私の住んでいる所では、今年は梅雨明け以来晴天続きです。夕立もなく、連日、暑いです。
このような状況のお話が、イソップ寓話にもありました。中務『イソップ寓話集』では、「水を探す蛙」と言う題で採られています。アウクスブルグ校訂本からです。
 これでは、「蛙が二匹、池の水が干上がったので安住の地を求めてさまよい歩いた。」というだけです。
 118Μυθοι では、やや、説明的なので見てみます。
「Ετυχε ομωs εκεινο το χειμωνα μη βρεξει πολυ και το καλοκαιρι, απο την ξηρασια, το νερο τηs λιμνηs αρχισε να λιγοστευει, μεχρι που ξεραθηκε. 」(アクセント記号はなし、語尾シグマはS)

「雨が沢山は降らない冬がありました。夏には、乾きのために、湖の水が減り始めました。ついに、干上がるまでになりました。」と言うような表現です。
「τυχαινω」は、happen on、suffer の意味です。ここでは、三人称単数になっているので、蛙たちの動作ではなく、冬の現象を表しているのだと。
で、το χειμωνα (冬)は、主格となる名詞扱いですが、το καλοκαιρι(夏)は、時間を示す副詞扱いです。
「μεχρι」は、「〜まで」という副詞ですが、ここでは、前の節が「水が減り始めた」で、続く節が、「干上がる」なので、帰結の文を繋ぐ接続詞のような感じです。
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2006年08月05日

角田光代さんのギリシャ料理

 NHKの番組「食彩浪漫」の8月20日放送分は、
作家の角田光代さんの出演の予定で、
ギリシャの羊肉の料理を披露する、とのこと。

これは、アンコール放送です。5月に放送されたもの。その時は、見ていませんでした。

NKH 食彩浪漫

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2006年08月02日

Η

Η,η
文字の名前は、「イータ」。
読み方は、イ。母音。


Στην ημερα του θερινοηλιοστασιου,
εναs ηχοs ηχει.
Το ηφαισειο,που ηταν ηπιο και ησυχο,
ηγειται τιs ηχοι
και ηθικολογει ΗΒ και ΗΠΑ.
" Το ηθοs σαs δεν ειναι ηθκο! "
Η ημισεληνοs , ηδη, εχει ηλικωθει.
Ο ηλιθιοs ηρωαs θα ηττηθει τωρα.



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posted by kyotakaba at 21:42| Comment(0) | 文字 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする