2007年03月30日

Η άνοιξη : ΜΑΚΟΥΡΑ - ΝΟ -ΣΟΥΣΗ

 枕草子、春を作文してみました。

 Well, I try to make a composition : The makura - no - Soushi . The spring.

Το ξημέρωμα θυμάμαι
για την άνοιξη.
Η όψη αρχίζει να ανοίξει και
Το περίγραμμα του βουνού φωτίζεται αδύνατα,
πάνω, τα σύννεφα απλώνεται μακριά,
αυτά είναι βυσσινιά.



The dawn for the spring,
I recall.
The view is going to be bright white and
The shape of mountain is lighted by little,
over there, some clouds lie long,
these wear purple.


はるはあけぼの。やうやうしろくなりゆく、やまぎはすこしあかりて、むらさきだちたるくものほそくたなびきたる。
(春は、曙。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲のほそく棚引きたる。)
posted by kyotakaba at 17:29| Comment(0) | ギリシャ語表現練習帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月29日

「映る」の接続法の使い方から

 先の「肉をくわえた犬」に使われている、「うつる」の語は、まずは、日本語との対応で気になったのです。もういちど、「καθρεφτίζεται μέσα στο νερό 」を見てみます。今度は、ギリシャ語の特性と、それを活かした表現として、注目します。
 中務哲郎『イソップ寓話集』中の「肉を運ぶ犬」では、この部分は、「水に写る自分の影を見て、てっきり別の犬がもっと大きな肉を銜えているのだと思って」と訳されています。この文の原文では、どのような語が使われているのかは分かりません。「καθρεφτίζεται」は使われていないのかもしれません。あるいは古典語は違う語なのかも。けれども、この古典の文を見て、気が付くことがあります。語り方についてです。まず、語られている状況を見てみます。
 橋の上に犬がいます。そして、橋下には、水が流れていて、上の情景を映しています。その情景には、犬も含まれています。これが、状況です。
 さて、語り手は、水上の犬は、鏡像でああることを承知しています。これは、上の古典の日本語訳文では、「影」「てっきり」「思って」の語で示唆されます。一方、語られている犬は、水上の犬が実像だと思っていることも、「てっきり」「思って」で示されます。
 現代文では、「別の犬が映っているのを見ました。」とあるだけです。けれども、この文だけで、水上の犬を、語り手は鏡像だと承知していて、犬は分かっていないことが、表されているのだと思います。それは、「καθρεφτίζεται」と言う語の持つ要素によるのです。
 「καθρεφτίζεται」が「鏡」と言う語であると言う要素を、ギリシャ語の接続法が、とても上手くいかしていると思います。接続法に使われる動詞は、当の動作を行う主体の人称に合わせます。この場合は、水上の犬がそれに当たります。「ένας άλλος σκύλος,」と主格で接続法の節の中に記してあります。これで、語り手は、水上の犬は鏡像であると示すことが出来ているのです。
 この接続法の節を含む主文は、「είδε」というのが骨子です。「犬は見た」と言う文です。これで、犬は、水上の犬が実像であると思っていることが示されています。
 この表現は、主文と接続法節の主語は違うものが使えるという、ギリシャ語の特性で可能なのだ、と思いました。
posted by kyotakaba at 09:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月28日

肉をくわえた犬

 それぞれの言語は、独自の事象の捉え方を基台にしているので、他の言語に置き換えるときに、困難を感じることがよくあります。
 「うつる」と言う日本語もそうかもしれません。「うつる」と言う日本語には、「移る」「写る」「映る」と言う漢字が当てられます。日本語を使っていても、「映る」と言う語の使い方には、戸惑うこともあります。私は、「鏡に姿が映る」という表現には、なぜか抵抗を感じます。「映る」は、スクリーンに投影される場合とか、「紅葉の赤が空に映えて」と言う場合には、自然に感じるのですが。
 日本語の「うつる」の三つの面は、他の言語では、三つの別々の語になるのでしょう。
 鏡に「映る」は、英語では、mirror と言う語が、「鏡」と言う名詞であると同時に、「映る」と言う動詞でもあります。現代ギリシャ語も似ています。καθρέφτης (鏡:名詞)καθρεφτίζω (映る:動詞) は、同じ語の派生でしょう。 (英語がギリシャ語に似ているのかしら)

 イソップ寓話では、「うつる」を使っている話で、直ぐに思い浮かぶのは、「肉をくわえた犬」です。古典のものは短い話です。(中務『イソップ寓話集』) 118Μυθοι では、情景が書き加えられて長くなっています。その文章から、骨子だけを抜いてみます。

Ο σκύλος βρήκε ένα μεγάλο κομμάτι κρέας.
Το άρπαξε και πήγε στο δάσος που το διέσχιζε ένα ποταμάκια.
Όταν έφτασε εκεί, και καθώς περνούσε το γεφυράκι,είδε να καθρεφτίζεται μέσα στο νερό ένας άλλος σκύλος, που κι αυτός κρατούσε στο στόμα ένα κομμάτι κρέας.
Άπλωσε αμέσως το λαιμό του, άνοιξε το στόμα του και, χραπ ! … Αλλά την ίδια στιγμή έχασε και το κρέας που κρατούσε ανάμεσα στα δόντια του.



犬は大きな一片の肉を見つけました。
それを盗んで森に行きました。そこでは、一本の小川が森を横切っていました。
そこに着いて、橋を渡ろうとしたときに、水の中に、別の犬が映っているのを見ました。その犬は、口に一片の肉をくわえていました。
 彼の喉を拡げて、口を開いて、そして、あっ。…その瞬間、自分の牙の中にくわえていた肉をなくしてしまいました。


 διέσχιζε は、διασχίζω が原型です。時制が変わると、αがε に変わります。
 χραπ は、感嘆詞だと思います。
 να καθρεφτίζεται は、να の接続法です。中動相ですが、受動態ではなく再帰動詞でしょう。けれども、エネストウタス(現在形)でなく、アオリスト(過去)を使ってあるのはなぜでしょう。恒常的なものではないと思うのですが。パラタティコス時制のように、時間の幅があるからでしょうか。

 口を開ける前に、「のどを拡げる」と言う表現があります。声を出そうとしている様子の描写でしょう。面白い表現だと思いました。
posted by kyotakaba at 10:08| Comment(0) | お話から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月26日

Η δουλεία στον 21ο αιώνα

 3月25日は、英国で奴隷貿易廃止の法案が成立して200年目に当たる日でした。カセメリニweb 版にも、記事がありました。
 見出しは、「 Η δουλεία στον 21ο αιώνα 」でした。「 δουλεία 」は「奴隷」で、「 δουλειά 」は「仕事」です。アクセントの位置で意味が違っています。
 「21世紀に於ける奴隷」という題です。
 21世紀は、「 21ος αιώνας 」(主格)です。世紀と言う語は、αιώνας 。21 は序数です。21番目の世紀。文字で書くと「εικοστός πρώτος αιώνας」(主格)です。「21世紀に」(対格)は、「στον εικοστό πρώτο αιώνα」です。

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2007年03月25日

ダミッチコード

 昨夜、3月24日、NHKのBS放送第一の番組、「ネクスト 世界の人気番組」が3時間の拡大版を放送していました。(7時〜10時)
 その中で、(9時過ぎてから) ギリシャの番組『ダミッチコード』が紹介されていました。ミチコスタス さんと言う名前の俳優が、著名な政治家に変装して、笑劇を演じると言う番組です。時には、変装をしている相手当人や、関係の政治家を招いて、対談したりもするようです。
 「ネクスト」では、EU議会のギリシャ代表議員を招いたときの、制作の様子を取材したものを紹介していました。劇の収録の途中で、ミチコスタスさんは、変装を変えなければならないので、それに一時間半もかかるのですが、議員を廊下に待たせておいて平気なのが愉快でした。議員の方も、声を張り上げて訴えるのですが、待っていると言うのも愉快です。番組に出れば、自分は風刺されるのは承知しているのですが。
 「ネクスト」中では、この番組は、アルター放送と紹介されていました。アルター放送のwebページでは、確認出来ませんでした。

ALTER


追記:
harura さんのブログ『ATLANTIDA-ギリシャ便り-』で紹介されてました。
ギリシャのエンターテイメント

それで、アルター放送のwebページでも確認出来ました。
The Da Mitsi Code
ギリシャ語表記は、ΚΩΔΙΚΑΣ ΝΤΑ ΜΗΤΣΙ
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2007年03月24日

ディオニューソス讃歌

 『ホメーロス諸神讃歌』の「ディオニューソス讃歌」(讃歌第七番)の冒頭、ディオニューソスの現れる行も美しいので、記しておきます。


「誉れ高きセメレーの御子ディオニューソスが、
実りもたらさぬ海の浜辺なる、突き出たる岬の辺りに、
咲き初むる花のごと初々しき若者の姿にて
あらわれたまいし…」
(沓掛良彦 訳)

 webで、現代ギリシャ語がないかと検索を始めたのですが、分かりません。自分で、分かる範囲で作文してみました。
 諸神讃歌のギリシャ語は、『ΟΜΗΡΟΥ ΥΜΝΟΙ』。ディオニューソスは、ΔΙΟΝΥΣΟΣ 。


Στιν ρίζα του ακρωτήριου που
η μύτη του χωνόταν βαθιά μέσα στη θάλασσα,
εμφαίστηκε ο νέος,
ο οποίος είναι σαν το άνθος.



「岬の辺り、
その先は海に深く沈んでいる、
一人の若者が現れた、
彼は花のよう。」
と言うつもりで書きました。「その先は海に深く沈んでいる」の部分は、イソップ寓話の「カワセミ」の表現から。


posted by kyotakaba at 11:38| Comment(0) | お話から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月15日

今日のお天気

 今年は寒くない冬で、その上、いったん暖かくなっていたので、この数日の寒さは、温度計の数字以上の寒さを感じます。
 ヨーロッパも、報道で知る所では、一般に暖かな冬だったようです。アテネの今日はどうなのか知ら、と、カセメリニの天気の欄を見てみました。昼は、16度との予想です。暖かいようです。

Πέμπτη, 15 Mαρτίου 2007

Kαιρός: γενικά αίθριος.
Άνεμοι: βόρειοι βορειοανατολικοί ασθενείς έως μέτριοι.
Θερμοκρασία: από 5 έως 16 βαθμούς Κελσίου.

2007年3月15日木曜日

天気:おおむね晴れ
風:北北東 弱いか穏やか
気温:5度から16度(摂氏)

posted by kyotakaba at 10:08| Comment(0) | 新聞記事を読んでみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

かつて一度は少年であり

 中務哲郎先生の随筆集『饗宴のはじまり』(岩波書店)所収の「キケロにおける魂の不死について」の中で、エンペドクレスのことばが紹介されていました。それがとてもきれいなので、備忘したいと思います。
 「私はこれまで、かつて一度は少年であり 少女であった、藪(植物)であり 鳥であり 海に浮かび出る物言わぬ魚であった」と言う行です。出典は、『ソクラテス以前哲学断片集 第二分冊』、断片117。(藤沢令夫 訳)
 これに当たる、現代ギリシャ語はないかと、web を検索しました。
「path finder」と言うページで見つけました。
「"Ήδη εγώ κάποτε αγόρι υπήρξα, κόρη, θάμνος και πουλί κι άφωνο ψάρι που από τη θάλασσα προβάλλει" (Καθαρμοί 117)」。

 また、『ΠΡΟΣΩΚΡΑΤΙΚΟΙ ΦΙΛΟΣΟΦΟΙ』と言うページでは、上記の文とは違う文章を見つけました。その文は、違うものですけれども、似た名詞が連なっていました。それを備忘します。これは断片の23となっています。(断片23なのか、断片何かの23行なのか、よく分からないのですが)


φτιάχνουν απ' αυτά μορφές που με κάθε τι μοιάζουν,
πλάθοντας δέντρα και άντρες και γυναίκες ,
θηρία και πουλιά και υδρόβια ψάρια
 画家について述べている分の一部です。これを訳すと、
「それらから、その度に、何かが似た姿を作るのです。樹木や男たち、女たち、また、獣たちや鳥たち、それに、水中に棲む魚たちを造り、」
です。
 文の意味は、なんだか分かりませんけれど…

エンペドクレス:path finder

エンペドクレス:ΠΡΟΣΩΚΡΑΤΙΚΟΙ ΦΙΛΟΣΟΦΟΙ

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2007年03月12日

ギター奏者 Costas Cotsiolis

 ギリシャ音楽にお詳しいナゴヤハローさんのブログ「www.ナゴヤハロー」に、ギリシャの高名なギター奏者Costas Cotsiolis氏の記事がありました。私は、始めて知ったお名前です。世界でも、屈指のギター奏者とのことです。そのCostas Cotsiolisさんが、日本のギター専門誌(『Guitar dream』)のインタビューを受けていたのだそうです。

こちょこちょコチョリス

『Guitar dream』: ホマドリーム

Costas Cotsiolis  ギリシャ語表記:ΚΩΣΤΑΣ ΚΟΤΣΙΩΛΗΣ
ΚΩΣΤΑΣ ΚΟΤΣΙΩΛΗΣ : www.cotsiolis.gr

Costas Cotsiolis:gitarrist.net

 アマゾンで検索すると、キューバ出身の作曲家レオ・ブローウェル( Leo Brouwer )の協奏曲のCDがありました。
on Amazon.jp

 iTunesミュージックストアでは、日本店にはありませんでしたが、ギリシャ店にはありました。
iTunes ギリシャ店


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2007年03月10日

映画『300』

 ギリシャの新聞カセメリニweb版に、映画『300』についての記事がありました。記事は長いので、読んではいないのですが。
 「テルモピュライの戦い」を描いたFrank Miller の劇画を原作にした映画とのことです。監督は、Zack Snyder 。米国映画です。
 米国での公開は、2006年の12月。日本での公開予定は、今年の6月。ギリシャでは、3月8日に公開されたようです。

IMDb の記載記事

Apple Trailers

official Movie site

posted by kyotakaba at 10:56| Comment(0) | ギリシャ関連書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする