2007年10月30日

Η μεγάλη Άμμος

 Books in Greek のwebページを見ていて、とても読めそうにないのですけれど、装丁の絵がとても気を引くので、メモしておきます。

『Η μεγάλη Άμμος』Βαγγέλης Ραπτόπουλος

b124042.jpg

著者Βαγγέλης Ραπτόπουλος のwebページもあります。
http://users.hol.gr/〜limni/
(波線はチルドバーです。送信すると変わってしまうもので)
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2007年10月24日

Η βροχή

 冬時間になると、雨が降り出します。新聞にも、大雨の記事や、市内で水が溢れたと言う記事を見かけるようになります。
 そこで、『Τα Καλά Παιδιά』にある雨の描写を読んでみます。


Νά! σχόλασε το σχολείο και έξω βρέχει δυνατά. Τα κεραμίδια τρέχουν σάν βρύσες. Οι δρόμοι έγεμισαν νερά, οι διαβάτες τρέχουν να τρυπώσουν κάπου.


 さあ、学校は終わった。なのに外は雨がひどい。瓦は蛇口みたいに水を流してる。道路は水びたし。道ゆく人はどこかにかくれようと急いでいる。



「τρέχω」は、第一義が「走る」の語です。基本的な語ですから、多様な意味に使われます。水が流れることも表します。蛇口や容器から水が漏れることを言う時にも使います。「鼻水が出る」も「η μύτη μου τρέχει.」です。英語の「run」と同じですね。

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2007年10月21日

転がされる石に海藻は生えない

 このところ、何度か、「転石苔むさず」での検索があります。これは、以前に、「名言から」で採り上げました。
転がる石に苔は生えない
波に転がされる石
転がる石
 そのときは、ただ、この古典ギリシャ語のことわざを、現代ギリシャ語に書き換えてみようとしただけでした。
 その際に思った、先の記事にも書いたことをまとめます。「転石苔むさず」は、もともとの古典ギリシャ語のことわざでは、「転がされる石に海藻は生えない」でした。それはギリシャに相応しく海の光景です。書かれている様子は、波に転がされる小さな石には海藻は生えず、波では動じない岩に海藻は生えている、というものです。そこから、感じるところを引き出すのならば、二つのことがあるように思われます。
 一つは、小さなもの、それは貧者なのかも知れませんし、器量が小さいということかも知れません、は、富を得ることがなく、大きなもの、富者であるか器量の大きな者、にだけ冨が蓄えられる、ということです。
 また一つは、波に翻弄されて右往左往するような者、流行ばかり追うのか、あるいは、目先の利益ばかり追う者、には冨は生じないで、波に流されない者、自分の地歩をしっかり堅持している者にこそ、冨が蓄えられる、ということです。
 このことわざの出典は分かりません。柳沼重剛教授の『ギリシア・ローマ名言集』(岩波文庫)には、44番に採り上げられていますけれど、出典などの注記はありません。
 これが、プブリウス・シルス(紀元前一世紀頃の、シリア出身のラテン語文筆家)の『格言集(訳語は様々あるようです、金言集など)』に採り上げられたということです。そこから、英語の「A Rolling stone gathers no moss.」が訳されたと言われているそうのです。英文では、『Maxims』。524番が「A rolling stone gathers no moss.」。
 けれども、私は、webで検索するだけでは、それを確認出来ません。プブリウスの文で既に、海藻が苔に変わっていたのかどうか、も。
 PVBLILIVS SYRVS で検索すると、下のような、ラテン語のみの『SENTENTIAE』があります。同様なものは他にもあります。アルファベット順なので、ラテン語が読めない私には、見当がつきません。「石」のラテン語は、「lapis」なのでしょうけれど、、
SENTENTIAE
 一方、Publilius Syrus で検索すると、英語のみのページが見つかります。 これもアルファベット順です。
Quotations by Author
 ウィキペディアには、Maxims の順で掲載されています。
Sententiae, a collection of maxims in verse form, given alphabetically (in Latin).

 国会図書館をwebで検索してみましたけれど、プブリウス・シルスではないようです。
 日本語のwebページでは、山下太郎先生の『ラテン語入門』があります。ここにも格言集があるのですが、「転がる石」は見当たりませんでした。
ラテン語入門

 また一つ別のことも思ったのでした。それは、「A Rolling stone gathers no moss.」は、否定的・肯定的と相反する使い方があって、それは、英国と米国で異なると言うことに関してです。英国では、仕事を変えると財を作れないと否定的で、米国では、環境を変えると常に新鮮でいられると肯定的、と言うものです。
 これについても、「Rolling stone」と言う語感がどうなのか、疑問が起こったのでした。米国で有名な人気歌手のボブ・ディランの『Like a Rolling stone』、これは道端に転がる人びとから蹴り飛ばされる惨めなものでした。もう四十年は前の歌ですけれど。今も、この歌が米国人に愛されているとしたら、「rolling stone」に対する語感は、かわらず、惨めなものなのではないのでしょうか。人気のロックン・ロールのグループ The Rolling Stones にしても、新鮮で瑞々しいというよりは、穢らわしい、社会からの落伍者と言う感じなのではないでしょうか。
 「環境を変えると常に新鮮でいられる」は、「rolling stone」をアイロニーにしているとしても、もとの惨めな語感を忘れていては、アイロニーが成立しないのではないでしょうか。小さな小石には、巌にはない艶やかな美しさがあると言っても、それは、巌のように重厚な存在ではないという惨めさが裏打ちされて、成立していると思うのです。



10月26日追記

「転石苔むさず」のラテン語は、「Saxum volutum non obducitur musco」。
上にも書いたように、これはプブリウス・シルスの『格言集』にあると言われていたそうです。しかしながら、そうではないようです。プブリウスの文には認められないとのこと。このことわざが、現れるのは、15世紀オランダの神学者、エラスムスの『Adagia』なのだそうです。
ウィキペディアの記事から


10月27日追追記

ラテン語では、「Musco lapis volutus non obducitur.」と言うものがありました。
ラテン語表現集
DICIONA´RIO DE EXPRESSOES E FRASES LATINAS
こちらには、lapis が使ってあります。
ラテン語を知らないのですが、「苔」と言う語はないようです。
動く石は、実りがない、と言うようなこと??

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2007年10月19日

僕たちの夢

 iTunes store をぼんやりブラウズしていて、目にしたグループ。
ONIRAMA 。
 バンドの名前は、Όνειρο μας から付けたのだそうです。「僕たちの夢」。

ONIRAMA webページ

ONIRAMA MyySpace

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Αλ Γκορ

 10月19日付、webカセメリニのΠρόσωπα ( 面々 ) は、アル・ゴア氏、Al Gore。ギリシャ語の表記は、Αλ Γκορ。これだと、アルゴル?

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2007年10月11日

ΣΤΑΔΙΟ

 フローベールの『ギリシャ旅行記』、スタディオンの部分を読んでみます。

 とても読み難い文です。文の構成がよく分かりません。セミコロンも使ってあるのですが、それがどう繋がっているのか。前の語を説明してあるのかどうか。

ΣΤΑΔΙΟ

Το στάδιο βρίσκεται πέρα από τον Ιλσίο. Γέφυρα ερείπιο, όπου δεν υπάρχουν πια πάρα μόνο οι βάσεις・ δύο μγάλα οχυρώματα που σχηματίζουν κάτι σαν μακρόστενο ορθογώνιο, πιο πλατύ προς την είσοδο・ αριστερά μια σήραγγα μέσα στο βράχο, φαρδαίνει ύστερα από τον αγκώνα που σχηματίζει. Σ' αυτό το σημείο υπάρχουν ίχνη, αυτή τη φορά ολοφάνερα, από τροχούς αρμάτων. Ο τύμβος του Ηρώδη βρίσκεται από αυτή τη μεριά, αριστερότερα, πηγαίνοντας στο Λυκαβηττό.




「 スタディオは、イリソス川の向こうにある。そこには、土台以外何もない橋の遺構。入り口へと次第に拡がっている、細長く長方を成す二つの大きな保塁。左手には、岩の中にトンネルが一つ。腕曲を成している部分は狭まっている。そこには、明らかに戦車の進行の跡だと分かる跡。ヘロデの墓は、ここからずっと左手に、リカビトスに向かって立っている。」

「αριστερότερα」は、比較級ですけれど、、



 おおよその情景を想像してみました。現在、私たちの見ることの出来る光景とは、とても違っています。当時のアテネは、都市ではなく、住人も家屋も少なかった筈です。この本に掲載されている当時の写真(デュ・カンではないようです)を見ると、麓に僅かばかりの家屋がある、断崖の丘に、アクロポリスの残骸が、その偉容を見せています。
 何より違うのは、この文にも出てくる、イリソス川です。今のアテネ市内では見ることが出来ませんから。
 フローベールの書簡の中には、「ギリシャの大きな廃墟の間には、小さなトルコの廃墟が幾つもある。」「山羊が白大理石のかけらの間で草を食べている、そこここの穴の中には人間の骸骨が山をなしている。戦争の残骸だ。」と言う文も。独立戦争の記憶も、また、アクロポリスがベネチア軍の砲撃で破壊された記憶も、まだ生々しかったのでしょうか。
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2007年10月10日

"Greece" from "Gone Troppo" George Hariison

 iTunesを点けてみると、ジョージ・ハリスンが新しくカタログされていました。アップル社が、ビートルズのアップル社と和解したからですね。レノン、マッカートニー、リンゴ・スターに続いて最後に登場なのでしょうか。
 それで、ハリスンのアルバムをブラウズしていたら、アルバム『ゴーン・トロッポ』に収録されている歌に、「Greece」という題が付けられているものを見つけました。歌詞のない演奏だけの歌のようです。ブズーキのような民族楽器も使っているのか知ら。
 ともかく、英国人のハリスンさんには、ギリシャは南国のイメージなのでしょうね。

「Greece」 on iTunes store

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2007年10月09日

大主教の健康問題

 ERT SAT を今朝、点けてみると、ギリシャ正教の大主教の容態が危ぶまれているようです。聞き取れないので、よくは分かりませんけれど。
 カセメリニにも記事があります。移植の治療のために、渡米していたようですが。
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2007年10月07日

Ήρθε πια το φθινόπωρο.

 私の持っている『τά καλά παιδιά (よい子たち)』と言う本に、「Τι είδε ο Ρήγας στα χωράφια (王様が田畑で見たもの)」と言うお話があります。
 その書き出しは、夏が来て、麦が色づいて、収穫が始まる。と言うものなのですが、それを、日本の秋の情景にしてみました。


Ήρθε πια το φθινόπωρο. Τα ρύζια έχουν κιτρινίσει κι άρχισε το θέρισμα.
Στο άλωνι όλο και κουβαλούν τα δεμάτια.


 秋が、やっと、来た。稲は、黄色になっていて、刈取りが始まる。
 脱穀上には、どんどん、束が運ばれて来る。

κουβαλούν は、能動の三人称複数です。この動作の主体は、τα δεμάτια が、中性なので、主格なのか対格なのかが分からないのですが、他にないので、これなのでしょうけれど。それだと、束が自分で集まって来るようですけれど、まあ、分かるので。

όλο και は、どんどん、と言う副詞句。辞書を見ると、比較級とともに用いるとあるのですが。沢山と言うのが省略してあるのか知ら。
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2007年10月03日

cardiology

 テレビを見ていたら、cardiology と言う語が耳に入って来ました。(心臓病学)
多くの医学用語がそうであるように、この語もギリシャ語由来です。

 心臓は、現代ギリシャ語でも、η καρδιά
η καρδιοπάθεια は、心臓病、
ο καρδιολόγος は、心臓科医。
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το μισοφέγγαρο

 リフェラ元に、「ギリシャ語で三日月」の検索。

το μισοφέγγαρο  (ミソフェゲーロ)

μισός (半分)と、φεγγαάι (月)
posted by kyotakaba at 08:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

Η ΑΦΙΞΗ

 フローベルの『ギリシャ旅行記』が来ましたので、冒頭の部分を読んでみました。
(抜かした行あり)

Η ΑΦΙΞΗ

Τετάρτη, κακοκαιρία το πρωί. Κατά το μεσημέρι καβαντζάρουμε το ακρωτήριο του Σουνίου. -- Κιονοστοιχία. -- Η ακτή σταχτιά, μαβιά, ξερή, δίχως δέντρα ή βλάστηση, μόνο βράχος -- Μόνο η Ακρόπολη των Αθηνών έλαμπε κάτασπρη στον ήλιο, η Αίγινα αριστερά, η Σαλαμίνα απέναντι, το Παυσίλυπο πίσω από την Ακρόπολη.

Στον Πειραιά, Πέμτη 19 Δεκεμβρίου




到着

水曜日、朝は荒れ模様、僕たちは、昼までにスーニオの岬を越える。 -- 列柱。 -- 海岸は、灰色で、濃紺で、樹も草もなく不毛だ、ただ岩ばかり。唯一、アテネのアクロポリスが太陽に白く輝いている。アクロポリスから見れば、エギナ島は左手、サラミナ島は向かい、パウシリポは、ずっと奥だ。
ピレウスにて、12月19日 木曜日


「καβαντζάρω」は、手持ちの辞書で見つけられなかったのですが、
weather a cape(岬を乗り切る) の意味でした。
posted by kyotakaba at 13:36| Comment(0) | お話から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする