2009年11月30日

Τέρμα Η Ιστορία

 iTunes music store で先週のトップだったのは、Αντώνης Ρέμος の「Τέρμα Η Ιστορία」でした。sony greece のページでは、見つけられなかったのですが。

iTunes store greece

Αντώνης Ρέμος のホームページ:
http://www.antonis-remos.com/site/
Antonis Remos | Official Website
Sony Music の ページ:
http://www.antonisremos.com/
ANTONIS REMOS | SONY MUSIC


 それから、「ユーチューブギリシャ音楽」で検索もあったので、
YouTube - SonyMusicGreeceTV's Channel:
http://www.youtube.com/SonyMusicGreeceTV
SonyMusicGreeceTV

YouTube - UniversalMusicGreece's Channel:
http://www.youtube.com/UniversalMusicGreece
UniversalMusicGreece
posted by kyotakaba at 13:43| Comment(0) | ギリシャ 歌謡・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

野田正明

 最近、何度か、「野田正明」で検索があるので。

 The American College of Greece は、Masaaki Noda 氏に、ハーンを記念する作品を依頼していましたが、氏は「The Open Mind of Lafcadio Hearn」を完成して、大学に設置されたようです。

THE AMERICAN COLLEGE OF GREECE > ACG ART > ARTISTS > N > MASAAKI NODA > NodM2009mind

http://www.acg.edu/acg/index.html
posted by kyotakaba at 17:15| Comment(0) | ギリシャのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Τατόι

 11月28日付けのカセメリニweb版記事から。

Σε παρακμή το Τατόι


Η εγκατάλειψη στο ανάκτορο του Τατοΐου και στα λοιπά κτίρια του κτήματος αποκαλύπτεται στις φωτογραφίες που φέρνουν στο φως την κατάσταση πίσω από τις κλειστές πόρτες.

消えようとしているタトイ

打ち捨てられたままのタトイ宮殿その他の屋敷内の建物が、扉を閉ざした状態の明かりで撮影された写真を公開しました。


και στα λοιπά、〜などの、κτλ

φέρνουν στο φως、明かりを帯びて


Τατόι は、ギリシャ旧王家の夏の宮殿。アテネの北約15キロにあります。


Τατόι - Βικιπαίδεια

http://www.royalhouseofgreece.gr/
http://www.pbase.com/dead_poet/tatoi_estate

28-11-09_381227_1.gif



続きを読む
posted by kyotakaba at 10:22| Comment(0) | 新聞記事を読んでみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

Émile-René Ménard

 テレビでニュースを見ていましたら、日本芸術院の新会員についてのニュースがありました。薮野健 さんと言われる画家がおられました。西洋の風景を幻想的に描かれると言うことでした。それで、webを検索してみましたら、それとは全く違うものがあり、それでも、その方が興味を引くものでした。
 『日常的世界の探究』という書籍。山岸健、山岸美穂 共著の学術書です。年の風景の考察のようですが、7部は、「ギリシアの春−デルポイ/アクロポリス/アクロポリスからアクロポリスへ−」という章題で、ギリシャの風景画論じられているようです。
http://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=492
慶應義塾大学出版会 | 日常的世界の探究  | 山岸健 山岸美穂
慶応義塾大学出版会 1998年刊


日常生活と旅の社会学―人間と世界/大地と人生/意味と方向/風景と音風景/音と音楽/トポスと道

日常生活と旅の社会学―人間と世界/大地と人生/意味と方向/風景と音風景/音と音楽/トポスと道

  • 作者: 山岸 健
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2008/09
  • メディア: 単行本





 それから、まだ、検索していましたら、国立西洋美術館の所蔵作品に、エミール=ルネ・メナールの『アクロポリス』がありました。1911年の作品。
 Émile-René Ménard

Émile-René Ménard - Wikipedia, the free encyclopedia

The National Museum of Western Art
http://collection.nmwa.go.jp/artize/l/0001400002L.jpg
国立西洋美術館 : http://www.nmwa.go.jp/en/index.html

 やはり、アテネのアクロポリスだと思うのですが、ほんとに、周りに何もないのですね。
posted by kyotakaba at 19:09| Comment(0) | ギリシャ関連書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

エティオピア物語 第一巻 14-4

   " Νά 'σαι καλά, Χαρία", είπα, " αλλά γιατί προσπερνάς τις λεπτομέρειες της καλής είδησης σάν μου αναγγέλλεις κάτι δυσάρεστο; Πές μου και τον τρόπο γιατί φοβάμαι πολύ μήπως πέθανε από φυσικό θάνατο και ξέφυγε από αυτον που της άξιζε ". " Η θειά δίκη ", είπε ο Χαρίας, " δεν μας έχει ολωσδιόλου εγκαταλείψει, όπως λέει ο Ησίοδος καμαιά φορά δείχνει να παραβλέπει αναβάλλοντας την τιμωρία, αλλά το οργισμένο βλέμμα της δεν παύει να παρακολουθεί τους άνομους κι έτσι μεταχειρίστηκε και την αλιτήρια Δημαινέτη.



 「なんて親切なんだ君は、ハリアス。」わたしは言いました。「けれどもどうして、まるで嫌なことを私に知らせるかのように、朗報の詳細を跳ばしてしまうんだい? どのようだったかを話してくれよ。と言うのも、あの女が自然に死んでしまって、報われて当然の死に方からは逃れてしまったのではないかと私は心配なのだよ。」 ハリアスは言いました。「僕の伯母はね、ヘシオドスが語るようにするのは、まるっきりあきらめているんだ。ある時なんか、刑罰を後回しにして、無視して、それなのに、ディメネティを悪人だと思っているから、伯母の怒りの眼差しはあの女の悪事を追うことを止めないで、それを説明するもんだから。



「ξέφυγε από αυτον που της άξιζε 」、
αυτον は、θάνατος の代名詞、対格。

「δεν μας έχει ολωσδιόλου εγκαταλείψει」、
ολωσδιόλου は副詞 (まったく)、現在完了形の動詞の間に挟まっていますが。


「 έτσι μεταχειρίστηκε και την αλιτήρια Δημαινέτη. 」、
έτσι、理由の節を付ける接続詞。
μεταχειρίστηκε、μεταχειρίζομαι 人を〜に遇する。
この文では、αλιτήρια Δημαινέτη. と、形容詞になっています。
極悪人ディメネティと処遇するので。
posted by kyotakaba at 12:07| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

Νέο Αργύρι の秋

 YouTube に、jupiter76125 さんが投稿しているビデオ。jupiter76125 さんは、ギリシャ中央部の山地の県、エヴリタニア県の最も北のアスプロポタモス地区にある町、ネオ・アルギリにすんでおられるようです。ビデオは、そのネオ・アルギリの風景。ビデオは春夏秋冬があるのですが、その秋。



Φθινοπωρινά τοπία στο Νέο Αργύρι Ευρυτανίας. Στα σύνορα του νομού ευρυτανίας το Νεο Αργυρι μεταμορφώνεται τους φθινοπωρινους μήνες σε ενα υπεροχο τοπίο.

エヴリタニア県ネオ・アルギリの秋の風景。エヴリタニア県境のネオ・アルギリは、秋の数ヶ月の間、素晴らしい風景に変わります。

 エヴリタニア県は、ギリシャでも最も人口の少ない県なのだそうです。県の南部のティンフリストス山はスキー場として有名ということです。

Δήμος Ασπροποτάμου. Νέο Αργύρι.


 現代ギリシャ語の秋、το φθινόπωρο は、夏の終わりと言う語から作られたと言うことです。φθίνω ( 衰える )




大きな地図で見る
posted by kyotakaba at 09:27| Comment(2) | ギリシャのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

ギリシャ再訪

 『儚い光』、「無主の土地 ( テラ・ヌリウス )」の章から抜粋。


 アテネには真夜中についた。ホテル・アマリアスの部屋に鞄をおくと、わたしはまたすぐに町にでた。一歩あるくごとにドアをひとつくぐるような気がした。目に映るものがどれも記憶のなかにあったものとして思いだされるようだった。街灯の下で街路樹の葉がささやいていた。リカヴィトスの丘の急な坂道をやすみやすみのぼった。
 わたしはコスタスとダフネが住んでいた家をじっと見つめた。家は最近化粧直しをしたらしい。窓辺のプランターに花が咲いていた。玄関のドアをあけて、いまはもう消えてしまった、あの優しいふたりの世界にはいりたいという衝動にかられた。
 コスタスは、亡くなるまえにくれた手紙にこう書いていた。「そう、わたしたちには民主的な憲法ができた。言論の自由もある。テオドラキスも帰国した。いまのわたしたちは円形劇場で古典悲劇を見たり、レンベティカを歌ったりできる。しかし一日たりとも芸術工科大学( ポリテクニオン ) での虐殺を忘れることはないでしょう。あるいはリッツォスが長く獄につながれていたことを  ー 彼はテッサロニキ大学で名誉学位をうけ、パナティナイコ・スタジアムで『ロミオン』を朗読したけれども…」
 コスタスとダフネの家のまえにたっていると、あのふたりがもうこの世にいないこと、アトスが亡くなってもう八年近くたつことが嘘のように思われた。
 ホテルのベッドで横になっても、わたしはずっと起きていて、しまいには疲労のあまり泣けてきた。アマリアス大通りには車や人の往来がたえなかった。ひと晩中町の音をききながら、わたしは過去の世界を旅した。
 翌朝、憲法広場( シンタグマ ) にでたわたしは、不意打ちのようにドイツ語を耳にし、おおぜいの観光客を目にして、不安になった。それから朝一番の便でザキントス島に飛んだ。空の旅がごく短いことに、かえってわたしはとまどった。だが空港をとりまく平原はわたしの知っている風景だった。野生のカラーなど丈のたかい草が熱い風に音もなくゆれていた。
 わたしは夢見ごこちで丘をのぼった。
 地震はわたしたちの小さな家を石塚( ケルン )にかえていた。わたしはアトスの遺灰を石の下に埋めた。アスフォデルが、瓦礫のあいだにたくさん生えていた。アトスがこの世を去った以上、この家もなくなってしまうのがふさわしいように思えた。徐々に復興がすすんでいるザキントスの町にもどって、あるカフェニオできいてみると、マルティノスじいさんは前の年に九十三歳で亡くなった、葬儀には町じゅうの人が参列したと言うことだった。地震いらい、イオアニスの一家は本土で暮らしていた。
 数時間後、わたしはフェリーのドルフィン号で海峡をわたり、ザキントス島をあとにした。
posted by kyotakaba at 13:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

エティオピア物語 第一巻 14-3

   Αλλά μετά από είκοσι μέρες, ένω, κατά τη συνήθεια μου, έκανα τον περίπατό μου κάτω στο λιμάνι, είδα να φτάνει ένα σκάφος. Στάθηκα μιά στιγμή κοιτάζοντας να δώ από που ερχόταν και ποιούς έφερνε. Δεν είχαν ακόμα τοποθετήσει τη σκάλα αποβίβασης και να που κάποιος πηδάει έξω και τρέχει να μ' αγκαλιάσει· ήταν ο Χαρίας, ένας από τούς συντρόφους μου στην τάξη των εφήβων. " Κνήμων ", μου λέει, " σου φέρνω καλές ειδήσεις· η εχθρά σου τιμωρήθηκε· η Δημαινέτη έχει πεθάνει ".


 けれども、二十日後のことです、私はいつもしていたように、港に向かって散歩をしていました。その時に、到着した一艘の船を見たのです。船で運ばれて、遣って来た人達を眺めながら、暫くの間、佇んでいました。人々は、まだ上陸する船着き場には着いていませんでした。そうしているうちに、誰だか一人が外に飛び出して来るのを見ました。その人は駈けて来て、私を抱きしめたのです。それはハリアスでした。青年のクラスの友人の一人です。「クネモン」と彼は言いました。「君に良い知らせを持って来たんだ。君の敵は罰せられたよ、ディメネティは死んでしまったんだ。」



「έκανα τον περίπατό μου」、
κανώ τον περίπατό / 散歩する


「κοιτάζοντας να δώ από που ερχόταν και ποιούς έφερνε. 」、
κοιτάζοντας / κοιτάζω (見詰める) の現在分詞。現在分詞では人称がわからないのですが、Στάθηκα が単数一人称なので、同じです。私は見詰めていた。
この文の κοιτάζοντας の 目的語となる対格は、και ποιούς έφερνε の句、
ποιούς が(見詰める)の目的語。関係代名詞でもあるので、έφερνε の目的語でもあります。έφερνε の主格は、ένα σκάφος (一艘の船)。
posted by kyotakaba at 20:48| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

Στο Μουντιάλ η «ψυχωμένη» Εθνική

 11月19日付けのカセメリニweb版から。

Στο Μουντιάλ η «ψυχωμένη» Εθνική

Το αντιπροσωπευτικό μας συγκρότημα «πέρασε» από την παγωμένη Ουκρανία, παίρνοντας το εισιτήριο της πρόκρισης για το Παγκόσμιο Κύπελλο του 2010.

Την πρόκρισή της στην τελική φάση του Παγκοσμίου Κυπέλλου 2010 της Νότιας Αφρικής πανηγυρίζει η εθνική Ελλάδας, για δεύτερη φορά στην ιστορία της μετά το 1994. Η «γαλανόλευκη» ομάδα νίκησε την Ουκρανία με 1-0 στο Ντόνετσκ, με «χρυσό» γκολ του Σαλπιγγίδη στο 31ο λεπτό, και άφησε εκτός τους Ουκρανούς, αφού το ματς του ΟΑΚΑ το περασμένο Σάββατο είχε λήξει 0-0. Η εθνική «πλήρωσε με το ίδιο νόμισμα» την Ουκρανία, για τον αποκλεισμό της από το Μουντιάλ της Γερμανίας, το 2006.



 サッカーの記事です。

Μουντιάλ は、Παγκόσμιο κύπελλο ποδοσφαίρου のこと、
サッカーのワールドカップ。

«γαλανόλευκη» は、青と白、ギリシャの国旗の色、で、チームカラー。

ΟΑΚΑ は、Ολυμπιακό Αθλητικό Κέντρο Αθηνών "Σπύρος Λούης"


ワールドカップで溌剌たる国選チーム

わが代表チームは、凍りついたウクライナを乗り越えて、2010年のワールドッカプの切符を手にしました。

南アフリカで開催される、2010年のワールドカップの最終の選考で、1994年に次ぐ、史上二度目の出場をギリシャ選抜チームは喜んでいる。青白ストライプのチームは、ウクライナのドネツィク市で行われた試合で、31分に、サルピギディスの黄金のゴールで得点し、ウクライナに1−0で勝利しました。先週の土曜日に行われた、ウクライナには国外のギリシャのアテネオリンピックスポーツコンプレックスでの試合は、0−0でした。ギリシャチームはウクライナとの同じカードで、2006年のドイツでのワールドカップに落選しました。

「«πλήρωσε με το ίδιο νόμισμα»」は、同じ通貨で払う。ですが、
日本では、同カードとよく言っているように思います。
posted by kyotakaba at 15:20| Comment(0) | 新聞記事を読んでみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エヴァンゲリズモス駅

 『儚い光』を読んでいて、「垂直の時間」の章に、「わたしはコスタスとふたりでヴァシリス・ソフィアス通りからアマリアス大通りをへて、プラカ地区まで歩いた。」という部分があります。そこに、「教会のそばを通ったとき、コスタスは、われわれがいまたっているここは、福音書が最初に民衆語で読まれたときに暴動が起こった場所だ、と言った」という描写があるのです。
 何処なのか、分かりません。
 リカヴィトスの丘の東側の麓をヴァシリス・ソフィアス通りが通っています。地下鉄のエヴァンゲリズモス駅もあります。でも、この地下鉄の名前が福音書と関係あるのかどうかは、私は知りません。でも、やはり連想します。

 YouTube に、エヴァンゲリズモス駅近くの博物館の野外展示を撮影したものがありました。




 それから、これは関係ないのですが、キクラデス諸島のアモルゴス島の、カタポラ湾の
エヴァンゲリズモスのビデオもありました。





 アテネのエヴァンゲリズモス駅付近の地図:



大きな地図で見る
posted by kyotakaba at 09:18| Comment(0) | ギリシャのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

エティオピア物語 第一巻 14-2

   Με ποιό τρόπο έγινε αυτο, θα σας το πώ μιά άλλη φορά. Τώρα πρέπει να κοιμηθείτε· η νύχτα είναι πολύ προχωρημένη και σείς έχετε μεγάλη ανάγκη από ανάπαυση ». « Μά θα μας βασανίσεις περισσότερο », είπε ο Θεαφένης, « αν σταματήσεις τη διήγηση αφήνοντας την απαίσια Δημαινέτη ατιμώρητη ». « Καλά λοιπόν, ανούστε », είπε ο Κνήμων, « αφού το επιθυμείτε. Αμέσως μετά την απόφαση, κατέβηκα στον Πειραιά, βρηκα ένα πλοίο που ήταν έτοιμο να αποπλεύσει κι έφυγα για την Αίγινα, όπου είχα μάθει ότι ζούσαν κάποιοι συγγενείς της μητέρας μου. Έφτασα εκεί και, στην αρχή, δεν περνούσα άσχημα.



 それがどのように起こったか、それはまたの機会にあなたたちに話しましょう。今は、あなたたちは眠らなくてはなりません。夜はとても更けてしまいました。お二人は、休息する必要がどうしてもあります。」「ですけれど、よりひどくわたしたちを悩ませますよ。」と、テアゲニスが言いました。「罪を逃れた忌々しいディメネティをそのままにして物語を終えてしまっては。」クネモンは言いました。「よろしいそれでは、聞いて下さい。お二人が望まれるのですから。判決の後すぐに、私はピレウスに降りました。そこには出航の用意が出来ている船がありました、それで、エギナへ出発しました。エギナには、私の母の親戚の誰だかが暮らしていると知っていたのです。そこについて、最初のうちは、嫌な思いをせずに過ごしました。



「Με ποιό τρόπο έγινε αυτο」、
前置詞 με 、ここでは方法を示しています。


「σείς έχετε μεγάλη ανάγκη από ανάπαυση」、
σείς、二人称複数の主格形。弱形。
ανάγκη 、女性名詞:必要。έχω ανάγκη από … 、…が必要である。



「να αποπλεύσει」
απο-πλέω ( 船で行く )、出航する。
posted by kyotakaba at 16:54| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

エティオピア物語 第一巻 14-1

   Μέτρησαν τις ψήφους και ήταν χίλιοι επτακόσιοι εκείνοι που είχαν ψηφίσει το θάνατο, άλλοι με λιθβολισμό και άλλοι με κατακρήμνιση στο βάραθρο. Οι υπόλοιποι, χίλιοι περίπου, υποψιασμένοι από τις κατηγορίες μου εναντίον της μητριάς μου, είχαν ψηφίσει την καταδίκη μου σε ισόβια εξορία. Επικράτησε η απόφαση των δεύτερων : ναί μέν ήταν λιγότεροι από όλους τους άλλους μαζί, αλλά, καθώς οι πρώτοι είχαν ψηφίσει διαφορετικά ως πρός το επιμέρους, οι χίλιοι βγήκαν περισσότεροι. Έτσι, εγώ μέν διώχτηκα από την πατρική εστιά και από την πατριδα μου· αλλά και η θεομίσητη Δημαινέτη δεν έμεινε ατιμώρητη.


 投票を数えると、死刑に投票した人は千と七百人でした。その中の一方は、私を石礫の刑にという人たちで、もう一方は、崖に突き落とすという人たちでした。残りの約千人ばかりの人たちは、私の母の意に反して、私の罪状には疑いのある人たちで、生涯追放の有罪に投票しました。二つ目の判決に決まりました。と言うのも、二つ目の判決は他のものよりも少ない投票数だったのですけれど、一つ目の判決は、刑罰が分かれて別々に投票されたからでした。それで、千の方が多数となったのです。こうして私は、父の家から追い払われ、そして、母国から追放されたのでした。一方で、呪わしいディメネティも、罰せられないままではありませんでした。



「μέν ήταν λιγότεροι από όλους τους άλλους μαζί, αλλά, ・・」、
μέν ・・,αλλά・・、なるほど〜であるが、しかしながら〜。

「εγώ μέν διώχτηκα」、
μέν は、代名詞 μέ 、だと思うのですが。
posted by kyotakaba at 23:14| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

ギリシャ国内旅行

 『儚い光』から、ザキントスからアテネへ移る部分の描写から抜粋して。

ほんわかしていて好きな文です。

 ザキントス島からアテネまで、アトスとふたり、戦争で傷ついた風景をながめながら旅をするのに二週間近くかかった。通行不能になった道路、破壊された橋、廃墟と化した町。畑も果樹園も荒れはてていた。こういう状態が戦後何年もつづいたのである。そして戦争がおわったあとも、ギリシャに平和はやってこなかった。
 アトスと私はザキントス島の家を閉めて、海峡をへだてた本土のキリニに渡ったのだった。
 本土へ渡る船に、アトスはパンとスプーン一杯分ほどの蜂蜜を朝食としてもちこんだが、わたしは食べられなかった。
 わたしたちは何度も荷車やトラックにのせてもらった。荷車やトラックは土埃をまきあげながら葛折りの坂道をのぼり、またくだった。長い道のりを徒歩( メタポディア )ですすむこともあった。キリニの町をあとにして丘をのぼりはじめたとき、アトスは、ギリシャの田舎を歩くときの鉄則をふたつ教えてくれた。山羊のあとについていかないこと。崖っぷちにでるからだ。かならず騾馬のあとについていくこと。そうすれば日が暮れるまでに村に着く。わたしたちはしょっちゅう休息した。わたしは、アトスの家に住みはじめたころの子供ではもうなくて、十三歳になっていた。歩きながら、アトスはよくわたしの肩に腕をかけた。
 ペロポネソス半島の土地は、傷ついては癒えることを何度もくり返してきたせいで、悲しみが明るい日に照らされた地面を暗くしていた。すべての悲しみが古さを帯びているように思えた。戦争、占領、地震。火事に旱魃。谷間にたったわたしは岩山の悲嘆を想像してみた。
 キリニではドイツ軍に爆破された中世の大きな城を見た。死んだ人たちを埋葬できない女たちはみじめな気持ちにさいなまれていた。遺体は焼かれたり、海に流されたり、ただその辺に捨てられたりした。
 わたしたちは谷間をくだってヴェリア山のふもとの町からヴリータに進んだ。谷間にはいくつもの黒く焼けこげた石の山と、恐ろしい沈黙があるばかりだった。これほどまで空虚な場所には、幽霊すらでそうになかった。
 そうして、七月下旬のある暑い日の午後、アテネに着いたのだった。
 アテネでわたしたちはコスタス教授夫妻の家に泊まったのである。リカヴィトスの丘の斜面にある小さな家だった。玄関前の階段は瓦礫の小山になっていたが、夫人はそこに花の鉢植えをひとつおいていた。
 土埃にまみれ、疲れ果てたわたしたちは、コスタス夫妻の家の居間で椅子に腰を下ろした。居間の壁には夫人が描いたアテネの町の風景画かかっていた。矩形の角と光で構成された光り輝くキュービズムの絵は、ギリシャではリアリズムの作品とすらいえた。
 婦人は豆と大蒜のスティファードをつくってくれた。食事がすむと、わたしはコスタスと一緒にテラスにでて水瓜を食べた。コスタスは水瓜の種を庭の遠くまで吹きとばす方法を教えてくれた。ふたりの親切は、わたしには謎めいていたが、嬉しかった。見なれない樹木と目が痛むほど白い壁をもつアテネの町にも、わたしは同じことを感じた。
posted by kyotakaba at 13:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エティオピア物語 第一巻 13-5

   Επειδή όμως εγώ, μέσα στη φασαρία που επικράτησε σ' όλο το διάστημα που ψήφιζαν για την ποινή, φώναζα " άχ μητριά, για μιά μητριά χάνομαι, μιά μητριά με θανατώνει χωρίς δίκη ", άκουσαν οι περισσότεροι τα λόγια μου και τους μπήκαν υποψίες για την αλήθεια. Αλλά ούτε τότε εισακούστηκα : ο δήμος ήταν προκατειλημμένος από τις ακατάπαυστες κραυγές εναντίον μου.


 それから、私は、刑を投票する場を隅まで占めている大騒ぎの中で、叫びました。「ああ、お母さん、一人の母を亡くしました。もう一人の母は裁判もなしに私を殺すのです。」大勢の人が私の言葉を聞きました。そして、真実の検討をしようとしたのです。ですけれど、その時には、もう、私のことは聞き入れられませんでした。私に向けられたるひっきりなしの喚き声のために、人々は先入観を持っていたのです。


「τους μπήκαν υποψίες για την αλήθεια. 」
μπήκαν、 μπαίνω (入る) のアオリスト、三人称複数形。
υπόψη ( 検討 )、辞書には副詞( επίρρημα )と。ここでは実詞(名詞)のように語尾が複数女性形になっていますが。
「検討(複数・実詞)が、彼ら(人々・代名詞)に入った」と、考えてもよいと思うのですが。
εχω、παίρνω、λαμβάνω とともに用いる副詞ということです。
なので、
μπήκαν υποψίες の主格は市民です。

web辞書の説明:
υπόψη - ορισμός του υπόψη από το Δωρεάν Ηλεκτρονικό Λεξικό


「προκατειλημμένος」、
προκαταλαμβάνω ( 先取りする、偏見を持つ ) の現在完了分詞。

「κραυγές εναντίον μου.」、
何度も使われる εναντίον 、否定的な意味を持っている前置詞で、
ここでは、叫びが私に向けられているのですが、それは私を非難するものです。


posted by kyotakaba at 10:52| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

エティオピア物語 第一巻 13-4

   Κι επειδή αξίωνα να δοθεί ο λόγος και σε μένα, με πλησίασε ο γραμματέας του δικαστηρίου και μου υπέβαλε μιά σύντομη ερώτηση : άν επιτέθηκα με το ξίφος εναντίον του πατέρα μου. Και όταν είπια " ναί, επιτέθηκα, αλλ' ακούστε πώς ". άρχισαν όλοι μαζί να φωνάζουν και, κρίνοντας ότι δεν μου άξιζε ούτε κάν να απολογηθώ, άλλοι ήθελαν να με λιθοβολήσουν κι άλλοι να με παραδώσουν στον δήμιο και να με γκρεμίσουν στο βάραθρο.


 私に弁明の機会を与えて欲しいと求めたのですが、そうすると、法廷の書記が私に近づいて来て、短い質問をしたのです。刀で私の父を襲ったのかどうか、と。私が、「ええ、そうです、けれども、どうしてかを聞いて下さい。」と言うと、全員が叫び始めたのです。皆は、私に弁明を求めることは更々ないと考えたからです。何人かの人たちは、私に石礫の刑を求めましたし、ある人たちは、私を処刑人に引渡して、崖から突き落とすように求めたのです。




「να δοθεί ο λόγος και σε μένα」、
このイポタティキの節は、
「λόγος ( 弁明 )」が主格になっています、
動詞は、「δίνω ( 与える )」の中動相・受動態「δίνομαι」のイポタティキ・アオリスト「να δοθώ」の三人称単数。
「σε μένα」、前置詞+人称代名詞。目的語。
弁明が私に与えられる。


「μου υπέβαλε μιά σύντομη ερώτηση」、
υπέβαλε、υποβάλλω/ 投げ落とす、述べる、尋問を受けさせる。


「επιτέθηκα」、
επιτίθεμαι カサレヴサ 動詞・異能動態 (攻撃する)

「 δεν μου άξιζε ούτε κάν να απολογηθώ,」、
άξιζε 、ここでは非人称のようだと思いました。
ούτε κάν、〜でさえない。
私に、弁明さえも求めない。

「λιθοβολήσουν」、
λιθοβολώ ( 石を投げる ) のイポタティキ・アオリスト、三人称複数。
私に石を投げつける。
posted by kyotakaba at 21:34| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

Προσκύνημα στον Αθω από την πρώτη κυρία της Ρωσίας

 11月10日付けのカセメリニweb版の記事から。

 ロシア大統領夫人がアトス山巡礼に来たと言うもの。アトス山は、女人禁制なのですが。ロシア大統領夫人ということで、特別? なのか、海から見ただけなのか?

 記事の最初の部分を読んでみました。

Προσκύνημα στον Αθω από την πρώτη κυρία της Ρωσίας

Στο λιμάνι της Ουρανούπολης αρχές Νοεμβρίου η τουριστική κίνηση έχει μειωθεί στο ελάχιστο και οι κρουαζιέρες πιστών για τον περίπλου του Αγίου Ορους αραιώνουν. Ωστόσο, την περασμένη Παρασκευή αστυνομία και λιμεναρχείο ήταν επί ποδός και το μικρό κρουαζιερόπλοιο «Ιωάννα» από νωρίς έτοιμο για αναχώρηση. Προς έκπληξη του ρωσικής καταγωγής καπετάνιου, τέσσερις γυναίκες όλες κι όλες ήταν η ολιγομελής ομάδα για την οποία επρόκειτο να πραγματοποιήσει εκείνη την ημέρα τον συνηθισμένο για εκείνον περίπλου του Αγίου Ορους.




ロシアのファーストレディによるアトス巡礼

 11月の初め、ウラノポリスの港では、旅行客の往来は最低限まで少なくなっています。聖アトス山への信者のクルーズ観光は間遠になっています。けれども、先日の金曜日には、警察と港湾局は、小さなクルーズ船「イワナ号」の出航のために迅速に対応する体制でした。ロシア系の船長が驚いたことには、乗客は全部で四人の女性だけの小さなグループで、アトス山を一日でめぐる通常の巡礼を行う予定だということでした。


「ήταν επί ποδός」、
επί ποδός 。「επί ποδός πολέμου」戦時体制で、という用法が辞書にありましたから、それに準じた方法かと。

「Προς έκπληξη του」、
驚いたことには。


「επρόκειτο」、
πρόκειται ( 非人称動詞:予定である ) の未完了過去分詞
posted by kyotakaba at 11:13| Comment(0) | 新聞記事を読んでみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

Flora Graeca

 今、図書館で借りた『儚い光 ( Fugitive Pieces )』を読んでいます。アン・マイクルズ ( Anne Michaels ) の作品。ギリシャが舞台の一つになっていますから。
 第二章「石を運ぶ人たち」にとても興味深い部分がありました。

 十八世紀の植物学者、ジョン・シブソープの伝記も読んでもらった。この学者はギリシャへいって、ローマの薬物学者ディオスコリデースが記録した六百種類の植物を残らず採取した。最初の旅では飢饉や戦争や反乱に遭遇した。二度目にはイタリア人の学者、フランチェスコ・ボローニ ( ボロニアという低木の発見者 ) と一緒だった。ふたりは興奮しながらコンスタンティンノープルを訪れ、植物採集をしながらオリンポス山の頂上までのぼり、北アフリカでは海賊につかまりそうになった。それからアテネへやってきたが、ボローニはひらいた窓のそばで眠ってしまい、下に落ちて首の骨を折った。シブソープはひとりで旅をつづけて、ニコポリスの遺跡で病気になった。そしてなんとかオックスフォードまで帰ってきたところで死んだ。彼の研究の成果は死後に出版されたが、手紙はごみとまちがえられて燃やされてしまった。

 何だか、とても心の襞に滲みていきます。

 John Sibthorp
John Sibthorp - Wikipedia, the free encyclopedia

 ジョン・シブソープの『Flora Graeca ( ギリシア植物誌 )』。
オックスフォードの電子ライブラリーで閲覧できます:
Digital Flora Graeca - Science Portal
posted by kyotakaba at 22:17| Comment(2) | ギリシャ関連書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エティオピア物語 第一巻 13-3

   Και λέγοντας αυτα δάκρυσε· στο πλάι του μοιρολογούσε και η Δημαινέτη κι έδειχνε πώς τάχα με λυπόταν κατάκαρδα λέγνοντας " άχ το δύστυχο, δίκαια βέβαια πεθαίνει, αλλά πρίν απο την ώρα του· δαίμονες κακοποιοί τον έβαλαν να ορμήσει εναντίον των γονέων του ", αλλά μάλλον μαρτυρούσε εναντίον μου με τους θρήνους της παρά που με μοιρολογούσε και, με τους οδυρμούς της, επιβεβαίωνε την κατηγορία.


 父はそう言いながら涙を流していました。父の隣で、ディメネティは、恰も心の底から私を惜しんでいるかのように見せて、嘆いていました。そして、「なんて不幸なのでしょう。まだその時にはなっていないと言うのに、今まさしく本当に彼は死んでしまいます、何か悪魔のようなものが、この子の両親だと言うのにも拘らず、襲い掛からせたのです。」とディメネティは言いました。けれども、この女が私のことを嘆けば嘆くほど、それだけ、その女の嘆きは私に不利な証拠になるのでした。ディメネティは、その号泣で訴状を認めているのでした。


「πώς τάχα με λυπόταν」
τάχα 恰も〜のように見せかけて、

「εναντίον των γονέων του」、
εναντίον 後ろに属格が続いて、〜にも拘らず

「μαρτυρούσε εναντίον μου」、
εναντίον 後ろに属格が続いて、〜に逆らって
posted by kyotakaba at 21:34| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Στο Βάθος Κήπος

 『Στο Βάθος Κήπος』、2009年の映画。
監督は、Κλεάνθης Δανόπουλος 。Kleanthis Danopoulos

 若い夫婦が念願の家を購入したら、庭に屍体があって、と言うコメディ。

Cine.gr - Στο Βάθος Κήπος

Sto vathos kipos (2009): IMDb

Στο βάθος κήπος ホームページ





 ギリシャの映画館 「ODEON」のYouTube チャンンル (たぶん) :
http://www.youtube.com/movietrailersgr
posted by kyotakaba at 08:00| Comment(0) | ギリシャ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

エティオピア物語 第一巻 13-2

   Εκείνος όμως όλ' αυτα τα ξέχασε : πρώτα είπε λόγια υβριστικά για μένα και χτύπησε άγρια αυτήν εδώ τη νόμιμη σύντροφό μου και, τέλος, όρμησε μές στη νύχτα με το ξίφος γυμνό και παραλίγο θα γινόταν πατροκτόνος, άν ένας απροσδόκητος φόβος δεν έκανε να του πέσει απο το χέρι. Σε σας προσφεύγω και τον καταγγέλλω· μολονότι ο νόμος το επιτρέπει, δεν θέλησα να τον σκοτώσω με το ίδιο μου το χέρι. Καλύτερο είναι, νομίζω, να λάβω ικανοποίηση μέσω του νόμου παρά να γίνω παιδοκτόνος, γι' αυτο αφήνω τα πάντα σε σας ".



 ところが、この男は、そんな私の望みすべてを消し去ってしまったのです。最初は、私を侮辱する言葉を言ったのです。それから、ここにいる私の正妻を荒々しく打ちました。最後には、夜に、抜き身の刀を持って室内に乱入したのです。もし、あのなぜだかはよく分からない恐れがこの男の手から刀を落とさなければ、もう少しで、父親殺しが起こるところでした。この男を告発して皆様に委ねます。法では許されてはおるのですけれど、私自身の手で息子を殺すことは望みませんので。私が思いますのは、子殺しになる他の方法で、法の中で満足が得られれば最善なのですが。ですので、何もかもを皆様にお任せします。」



「όρμησε μές στη νύχτα με το ξίφος γυμνό 」、
το ξίφος γυμνό / 冠詞 το +実詞 ξίφος +形容詞 γυμνό / 中性単数対格形、
形容詞は実詞の後ろ。


「Σε σας προσφεύγω 」、
前置詞 Σε +代名詞(二人称複数対格・弱形) σας +動詞 προσφεύγω (一人称単数形) 。
σας は動詞の前に置かれている弱形なので、前置詞は不要ではないかと思うのですが。

「αφήνω τα πάντα σε σας」、
動詞 αφήνω +直接目的語 τα πάντα +間接目的語 σε σας [前置詞σε +代名詞 σας] 、
こちらのσας は、動詞の後に置かれる強形の εσας の ε が落ちたものなので、
前置詞 σε がついているのは自然です。


「να λάβω」
λαμβάνω のイポタティキ・アオリスト。
posted by kyotakaba at 10:00| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

«Πρωταθλητές» στην πολύωρη εργασία οι Έλληνες

 カセメリニweb版、11月5日付けの記事に、労働問題についてのものがありました。それを読んでみました。

見出しは、
«Πρωταθλητές» στην πολύωρη εργασία οι Έλληνες

ギリシャ人は、長時間労働での一番


記事は、
Οι Ελληνες εργάζονται περισσότερο από οποιονδήποτε άλλο Ευρωπαίο πολίτη (κατά μέσο όρο 42 ώρες εβδομαδιαίως), σύμφωνα με στοιχεία της Eurostat που δόθηκαν σήμερα στη δημοσιότητα στις Βρυξέλλες και τα οποία αφορούν το δεύτερο τρίμηνο του 2009. Στους «27 » ο μέσος όρος εργασίας εβδομαδιαίως είναι 40,3 ώρες και στην ευρωζώνη 40 ώρες.
Σύμφωνα με τα ίδια στοιχεία, στη σχετική κατάταξη τους Ελληνες ακολουθούν οι Τσέχοι (41,6 ώρες εβδομαδιαίως), οι Αυστριακοί (41,5 ώρες) και οι Πολωνοί (41,4 ώρες ) ενώ σε εβδομαδιαία βάση τις λιγότερες ώρες στην ΕΕ εργάζονται οι Φιλανδοί (37,8 ώρες), οι Δανοί (38 ώρες) και οι Σουηδοί (38,1 ώρες).




 ギリシャ人はヨーロッパの他のどの都市の人々よりも多く働いています。( 週に平均で42時間です。 ) 今日、ブリュッセルで公表された200 年の第二・四半期のユーロスタットの統計に拠れば、27都市での平均労働時間は、40,3時間で、ユーロ圏では、40時間でした。

同統計に拠れば、ギリシャの相対的な位置づけは、チェコ(41,6労働時間)、オーストリア(41,5時間)、ポーランド(41,4時間)、に続くもので、一方、EU で週単位で、少ない時間の労働をしているのは、フィンランド(37,8時間)、デンマーク(38時間)、スウェーデン(38,1時間)でした。




メモ:
κατά μέσο όρο:平均して

ΕΕ : EU
posted by kyotakaba at 22:13| Comment(0) | 新聞記事を読んでみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

エティオピア物語 第一巻 13-1

   Με την αυτή, με πήρε όπως ήμουν δεμένος, με οδήγησε μποροστά στο δήμο και, αφού σκέπασε με στάχτη το κεφάλι του, " Αθηναίοι " είπε, " άλλα έλπιζα όταν ανέτρεφα αυτόν εδώ το γιό : στήριγμα έλεγα πώς θα τον είχα στα γηρατειά μου, σάν θα ερχόταν η ώρα τους, και τον ανέτρεφα όπως ταιριάζει σε ελεύθερο πολίτη. Αφού του δίδαξα τα πρώτα γράμματα, τον εισήγαγα στους φράτορες και τους γεννήτες, τον έγραψα στην τάξη των εφήβων, τον έκαμα και επισήμως Αθηναίο και, από κεί και πέρα, όλη μου τη ζωή τη στήριζα σ' αυτόν.



 夜が明けると、私は縛られたままでしたけれど、父は私を引き立てて民会の市民の前へ連れて行ったのです。そして、父は頭に灰を被った後、「アテネ市民の皆さん、」と話し始めました。「ここにいる息子を育てている間は、望みを持っていました。そうなのですが。私が年老いた、そう言う時宜が来た時には、この息子を頼みにするだろう、と言っていたものです。自由な市民に相応しいように育てたのです。初歩の読み書きを教えた後は、息子をフラトレスとゲノスに入れたのです。青年の組にいるこの息子に手紙を書き送ったものです。この息子を正式のアテネ市民にしようとしたのです、その後は、残りの人生のすべてをこの息子に頼っていたのです。」




 脚注では、この作品で描かれている訴訟の手続きはフィクションだと言うことです。


「σάν θα ερχόταν η ώρα τους」、
η ώρα τους 、「 στην ώρα του / ちょうどいいときに 」と言う用法が河原辞書にありましたから、そのような意味だと思いました。


「τον εισήγαγα στους φράτορες και τους γεννήτες, 」、
φράτορες (単数はφράτορη ? ) はΚουρεώτις と言う祭事に参加する集団のようです。
http://el.wikipedia.org/wiki/Κουρεώτις
Κουρεώτις - Βικιπαίδεια
γεννήτες ( γένος ) は、親族で作られる集団のようです。
http://www.fhw.gr/chronos/04/gr/society/214form_genos.html
Archaic Period - Society - Geni

posted by kyotakaba at 22:51| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

エティオピア物語 第一巻 12-4

   Το ξίφος μου πέφτει από το χέρι· ορμάει σάν αστραπή η Δημαινέτη και τ' αρπάζει· εκτός κινδύνου τότε ο πατέρας μου με πιάνει και προστάζει να με δέσουν, ενώ η Δημαινέτη με κάθε τρόπο τον ερέθιζε φωνάζοντας " δε σ' το 'λεγα ότι πρέπει να φυλάγεσαι από αυτο το αγόρι γιατί με πρώτη ευκαιρία θα σε σκοτώσει ; Το 'βλεπα εγώ στο βλέμμα του και καταλάβαιβα τί είχε στο νού του ". Και κείνος " μου το 'λεγες " είπε, " αλλά δεν το πίστευα ". Κι έτσι δεμένο με κράτησε όλη εκείνη τη νύχτα χωρίς να με αφήσει να του πώ την αλήθεια που ήθελα, χωρίς ούτε λέξη ν' ακούσει.


 私の刀は手から落ちました。稲妻のように、ディメニティは飛びついて刀を奪いました。そして、危機を脱すると、私の父は私を捕えました、そして、私を縛り付けるように命じたのです。一方、ディメニティといえば、いつものやり方で、父を煽るのです。「初めの機会から貴方様を殺そうとしているのだから、その子には気をつけなければいけませんと、貴方に私は申していたではありませんか?」と叫びながら。「この男の眼差しに、私はそんなことを見ていたのです。それで、この男が心に何を抱いているかは分かっていたのです。」 それから、父は、「お前は私にそう言ったよ。」と言ったのです。「だけれども、そんなことを信じなかったのだ。」そうして、その夜は一晩中、私を縛ったまま捕まえていたのです。父は、私が望んだ真実を語らせることもなく、それどころか、一言も聞くことがないままでした。



「εκτός κινδύνου」、危険のない、危機を脱した。


「δε σ' το 'λεγα ότι ・・ ; 」、
ότι 以下の節と、το は同じ。
σ' - σε 。
あなたに、・・と言いませんでしたか?


「φυλάγεσαι」、
φυλάω (見張る) 。 パラタティコスは、φύλαγα 。アオリストは、φύλαξα 。
イポタティキ・アオリストは、να φυλάξω 。
中動相は、φυλάγομαι 。
この文では、中動相異能動態、イポタティキ・エネストータス・三人称単数で、
φυλάγεσαι 。
posted by kyotakaba at 08:00| Comment(3) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

エティオピア物語 第一巻 12-3

   Αλλ' από το κρεβάτι --ώ θεοί ! -- ο πατέρας μου κατρακύλησε και, πέφτοντας στα γόνατα μπροστά μου, " στάσου,παιδί μου ", έλεγε· " λυπήσου τον πατέρα σου, χάρισε τη ζωή στ' άσπρα μαλλιά εκείνου που σε ανάθρεψε· σε πρόσβαλα, ναί, αλλά δεν πρέπει να τιμωρηθώ με θάνατο. Μην αφήνεις την οργή να σε κυριεύει, μη μολύνεις τα χέρια σου με αίμα πατρικό ". Με τέτοια και άλλα αξιοθρήνητα λόγια ικέτευε εκείνος κι εγώ, σαν χτυπημένος από κεραυνό, έστεκα εκεί βουβός, μαρμαρωμένος· κοίταζα εδώ κι εκεί να δώ τη Θίσβη που, δεν ξέρω πώς, είχε εξαγανιστέι· κοίταζα γύρω γύρω το κρεβάτι, το δωμάτιο, χωρίς να ξέρω τι να πώ, ανίκανος να κάμω οτιδήποτε.



 ところがです、寝台から、おお、神々よ、転げ落ちたのは私の父でした。私の膝の前に縋り付いて、「止して呉れ、我が子よ」と言ったのです。「お前の父を憐れんでお呉れ、白髪に命を恵んでお呉れ、この白髪の私がお前を育てたのだから、そして、お前を痛めつけてしまった、そうだ、だがしかし、死を持って罰せられる必要はないではないか。怒りがお前を捕えるままにするではない、父の血でお前の手を汚すではあるまいぞ。」 このような嘆かわしい言葉で、父は懇願したのです。それで私はと言えば、雷に撃たれたかのように、声も出ないで、恐れおののいて、そこに立っていました。シスヴィを探して、あちらこちらを見ました、どうなったのか私には分かりません、シスヴィは消えていました。どう言えばいいか分からないまま、何もすることができないまま、ぐるぐると、寝台、部屋と見回すだけでした。



「να τιμωρηθώ」、
τιμωρώ (罰する / 能動相) / 中動相受動態 τιμωρούμαι
[υποτακτική ] τιμωρηθώ


「οτιδήποτε」何でも
posted by kyotakaba at 08:00| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

Ο χρόνος πάλι

 Books in Greek web 店のショーウィンドウで目に留まったもの。

『Ο χρόνος πάλι』Σώτη Τριανταφύλλου
紹介文を読んでもよく分からないのですが、表紙がかわいいので。

出版社:Πατάκης
(Πατάκης のページ:http://www.patakis.gr/default.aspx ではなぜか探せなくって
追記: 11月新刊一覧にありました。http://www.patakis.gr/viewshoparticle.aspx?Articleid=2400 )

Books in Greek

Σώτη Τριανταφύλλου:Wikipedia

b146351.jpg



『Μετά τον σεισμό』Χαρούκι Μουρακάμι
出版社:Ωκεανίδα
Μετά το σεισμό:Ωκεανίδα
表紙がきれいなので。
(ハルキムラカミの『Jishin no ato de』の訳)

haroukinew.jpg





 ついでなので、トラベリックスのDVD、
トラベリックス〜世界体感旅行〜「世界美食紀行〜ヨーロッパ篇」


トラベリックス~世界体感旅行 [DVD]

トラベリックス~世界体感旅行 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ハピネット・ピクチャーズ
  • メディア: DVD




posted by kyotakaba at 08:26| Comment(0) | ギリシャ関連書籍など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

エティオピア物語 第一巻 12-2

   Έτσι και έκαμα: πήρα ένα ξίφος και, με τη Θίσβη να προηγείται μ' ένα δαυλό, κατευθύνθηκα πρός το υπνοδωμάτιο. Φτάνοντας βρήκα την πόρτα κλειστή και είδα το φώς από κάποιο λυχνάρι να βγαίνει απο τη χαραμάδα. Έξαλλος καθώς ήμουν, σπάω την πόρτα, την ανοίγω και ορμάω μέσα φωνάζοντας " που είναι ο αλιτήριος ; Που είναι ο λαμπρός εραστής της τέλειας αρετής ; " Και με τα λόγια αυτά, ρίχνομαι καταπάνω τους έτοιμος να τους σφάξω και τους δύο.


 それから私の採った行動はこういことです。一振りの刀を取って、先を行くシズヴィの松明に導かれて、寝室へと向かったのです。戸は閉まっているように思えましたけれど、ランプかなにかの光が隙間から漏れているのが見えました。その時には私は無我夢中でした。戸を壊して開けて、叫びながら中へ飛び込んだのです。「不逞の輩は何処だ!」「瑕疵一つない徳を備えた麗しの愛人は何処だ!」、このように言いながら、彼らの方へ突進して行き、二人を、今や、切らんばかりになっていました。



「με τη Θίσβη να προηγείται」「κατευθύνθηκα πρός το υπνοδωμάτιο. 」、
「κατευθύνθηκα πρός το υπνοδωμάτιο. 」が主文。
「με τη Θίσβη να προηγείται」は、κατευθύνθηκα を説明する副文。
先に進むシスヴィによって、私は寝室へ向かった。
να προηγείται は、実詞 Θίσβη を形容している。先導するシスヴィ。
先導するシスヴィに従って私は寝室へと向かった。
κατευθύνω ( 道を教える )、中動相は、再帰動詞で、「向かう」の意味。


「Φτάνοντας βρήκα την πόρτα κλειστή 」、
Φτάνοντας、〜のように見えたので、〜だと思ったので。
βρήκα την πόρτα κλειστή 、私は戸に閉鎖を発見した。
posted by kyotakaba at 14:05| Comment(0) | よみかた:『エティオピア物語』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする